調理師・パティシエ・ブーランジェを目指すなら
琉球調理製菓専門学校。

「感謝を伝えたい相手がたくさんいます。これまで学んできた学生たちと、その親御さん、学校を支えてきた講師や職員の皆さん。そして地域の方々。関わってくださった方々がいて、今があると感じています」

創立50周年を迎えた心境について、
学校法人みのり学園 琉球調理製菓専門学校・8代目理事長の川満 翔太(かわみつ しょうた)さんはそう語ります。

本校は1956年、那覇市二中前城岳の高台で、無線学校からスタートしました。1974年には調理師養成施設として認可を受け、数多くの調理師を輩出して県内外の食の現場を支えています。
専門学校として、50年もの道のりを歩んできた同校ですが、実は翔太さん、7代目理事長であり父でもある川満 匡(かわみつ ただし)さん以前の経営については、ほとんど知りません。

話は22年前の2004年に遡ります。
当時、建設会社を経営していた匡さんに、ある相談が舞い込みました。
「経営難に陥っている学校法人を引き継いでほしい」
20歳から建設会社を経営していたものの、教育業界は素人の匡さん。はじめての学校法人、しかも負債を抱えての引継ぎということで、当時学生だった翔太さんも心配していたと話します。
「父は、経営者としては長いものの、教育業界は未知の領域です。家族としては、学校経営に手を出してしまうことで建設会社の経営にも影響が出るのではと心配していました」
悩んだ末に引き受けることにした匡さん。
学校関係者からの熱心な説得が最終的な決め手になりました。

なかば社会貢献のような気持ちで理事長就任を決断 した匡さんでしたが、すぐに教育に取り掛かれたわけではありません。
覚悟を決めて引き受けたものの、現実は想像以上。負債も聞いていたより、はるかに多い金額でした。それでも匡さんは腹をくくり、持ち前のエネルギッシュさでひとつひとつに立ち向かいました。
スムーズにスタートできなかった分、疲弊していてもおかしくない状況でしたが、そんな中、匡さんは、家族も驚く行動に出ます。多額の負債を抱えていながら、さらにお金をかけて校舎や設備への投資を行ったのです。
「園庭を整備したり、外回りを綺麗にしたり、トイレを改善したり。かなりお金をかけていましたね。我が父親ながら、普通はできないなと思いました。覚悟のいる行動だったと思います」と翔太さんは振り返ります。
さらに匡さんは、講師陣の抜本的な見直しも実施。学びの環境を整えるには、講師の質の向上が必要だと考えたからです。
財務改善が最優先になってもおかしくない状況で、それでも大きな決断をした匡さんにあったのは「学生のため」というシンプルな動機。匡さんは就任とともに「人を育て、未来をつくる」の理念を作り、自身が旗振り役となって、理想の「学びの場」の実現に尽力しました。
こうした取り組みがすぐ成果に結びついたわけではありませんが「人を育てて未来をつくる」場は、長い時間をかけて地域に浸透していきました。

その後も理念に掲げた「人を育てて未来をつくる」場を目指し、匡さんは自身の直感と学生の声を頼りに猪突猛進に行動。気づけば雰囲気はガラリと変わり、活気のある学校に変貌を遂げていました。
匡さんが信念を持ってトライアンドエラーを繰り返した結果、学校として大切にしたいものや、講師へのこだわりも徐々に見えてきました。明言していなかった頃から今にかけて、特に重視したのは「講師のコミュニケーション力」です。
「いくら技術があっても、コミュニケーション力が備わっていないと、学生さんに分かりやすく伝えることはできません。技術や理論だけに走るのではなく、現場で即戦力になる学生を育てるためには、技術だけじゃなくコミュニケーション力も必要。現在は、おもてなしやマナー、お客さまとのコミュニケーションの取り方などを積極的に教えています」
さらに、コミュニケーション力のある講師に依頼することで、内部の知見を増やすことにも活かすことができるとか。
「必要な技術や知識だけでなく、さらに現場で必要とされるスキルを身につけるために、先生に『どういう授業が必要ですか』と聞くようにしています。わが校は現役で活躍中の非常勤講師が多く、約60名が在籍しているため、今現場で必要とされる能力をリアルタイムで聞くことができるんですよ」
非常勤講師は、ホテルシェフからパティスリーオーナー、給食現場の責任者など様々。常に今の時代のあらゆる現場のことを学校職員がヒアリングできる上、学生たちは現場に即した授業を受けられるため、即戦力となる調理師の育成が実現できているのだそうです。
さらに非常勤講師を多く抱えることで、学校が講師と生徒のマッチングの場にもなっているとか。
「みなさん、将来有望な調理師・製菓衛生士を育てたいという強い思いで非常勤講師を引き受けて下さっているので、必然的に授業がマッチングの場にもなっているんです。授業を通して講師が学生に声をかけることもあれば、逆に生徒が『この先生から学びたい』と就職先を決めることもある。就職活動前からそういう出会いがあるのは、双方にメリットが大きいのではと思います」

こうして、長い時間をかけてほぼゼロの状態から「琉球調理製菓専門学校らしさ」を作り、磨き上げてきた同校。経営状態はしばらく赤字が続いていましたが、引継いでから5年後、やっと黒字に転換することができました。
「それでもしばらく財務改善が必要な状況は続きましたが、引継ぎから15年目で借入金をすべて完済することができました」
借入金を完済した頃には、すでに一度県外で就職した現理事長の翔太さんも、同校の職員として入職していました。やっと軌道に乗りそうだと思いきや、次の困難が待っていました。
実は当初、学校があった浦添市宮城の土地は一部借地。建物の老朽化と、土地の借地期限の関係で、土地を出なければいけなくなったのです。
選択肢は「廃校か移転」。
長年かけて再建した学校を手放すことはできません。ですが専門学校と幼稚園を建てるとなると、かなり大きな敷地が必要。しばらくは土地探しに腐心しましたが、同じ浦添市内の前田エリアで開発の公募が出ることを知り、チャンスだと感じ、手を上げました。
「公募は無事、採択が決まりました。これなら期限までに間に合うと安心していたのも束の間、実は採択自体は”地権者への交渉権の獲得”に過ぎなかったんです。そこからはじまった交渉は、採択の時とは比べ物にならないほど大変なものでした」
採択が決まってから”本当の交渉”がスタート。7名の地権者と、代わる代わる対話する日々がはじまったのです。交渉は当時事務局長だった翔太さんが進めましたが、時間がない中、一歩進んで二歩下がるの繰り返しでした。
「まとまりかけた話が頓挫することも一度や二度ではありません。粘り強い交渉が求められる中、期限はどんどん迫ってくる。振り返るととてもいい勉強になったと感じていますが、正直もう二度とやりたくないですね」と翔太さんは苦笑します。
とはいえ交渉は無事、成功!現在のてだこ浦西駅近くに、2023年に専門学校、翌年2024年に幼稚園の新築移転を果たしました。
移転後は、名称を「琉球調理師専修学校」から「琉球調理製菓専門学校」に変更し、以前は併設していた幼稚園を分けて隣に建設。関係会社でもある株式会社タダシ建設も関わって建築した校舎が、第10回沖縄建築賞一般建築部門「正賞」にも選ばれました。


こうして2度目の困難も乗り越えた琉球調理製菓専門学校。外の困難には粘り強く立ち向かい、中の整備には時間をかけて向き合った結果、学生のため、地域のため、そして社会に必要とされる料理人を輩出するための基盤が整いました。
そして引継ぎ後から全力で改革を進めた匡理事長から、翔太さんにバトンが渡ったのは2025年のこと。
8代目理事長に就任した時のことを、翔太さんはこう振り返ります。
「小学生の頃から父の会社を継ぐと決めていたので、気持ちの面で大きな変化はありません。父は引継ぎ後の大変な時代を、ただただ『いい学校にしたい』という気持ちひとつでエネルギッシュに乗り越えてきました。父は背中を見せるような経営だったので、僕は次世代のリーダーとして、これまで言葉にしてこなかったものを言葉にしたり、意図を説明したり、文章にして伝える役割を担いたいと思っています」
匡さんが理事長に就任した当初は、大きなリーダーシップが必要な時期。そんな時期を経て、今はまだ「軌道に乗る途中」だと翔太さん。受け取ったバトンを軌道に乗せ、「成長期」に繋げるための一歩として「言葉にすること」を試みているのです。
そのひとつとして、翔太さんは昨年、新たな指針を掲げました。
それは「技術・人間力・職業倫理」の3つです。
現場で通用する「専門技術」を育むこと、そして礼節や協調性などの「人間力」を高めること、職業人としての「倫理観」を育むこと。知識の詰め込みではなく”社会から必要とされる人材”を育てたい。その想いから、この3つを重視した教育を行うという誓いを改めて言葉にしたのです。
「これからはトップが全て細かく判断・決断するのではなく、学校としてゆるぎない軸があり、それに沿って意思決定していける組織を作りたいと思っています。まだぜんぜん浸透していないんですけどね(笑)でもそれでいいと思ってます。こういうのは時間がかかりますから」

学生が入学する際の決め手として、最も多い声は「雰囲気がいい」「先生と生徒が話している時の空気感がいい」というものだそう。「建物がきれい」もよく言われる言葉だそうで、整備や講師の質、学生の満足度など、引継ぎ後から22年かけて内側も外側も妥協せず、こだわってきた賜物です。
時間をかけて磨き上げたものしかり、これらをつくり出しているのは”特別な何か”ではないと翔太さん。職員や講師ひとりひとりの人間力や倫理観によって形作られるのではと考えています。
「雰囲気というのは曖昧な言葉ですが、こういう”空気”を作るのは、小さな一つひとつの積み重ねだと思うんです。職場環境の風通しのよさとか、教職員の細かな言動とか、部屋がきれいだとか。そういうちょっとした積み重ねを大切にしていくことで、自然と雰囲気が良くなっていくのかなと思います」
よい雰囲気とは特別な仕掛けではなく、日々の積み重ねによって生まれるもの。そのひとつひとつを疎かにせず、これからも守り抜きたいと話しました。
最後に、翔太さんは次の50年を見据えて「地域から必要とされる学校であり続けたい」と語ります。
「食は、生きるために必要なものですが、それだけではありません。誰かを笑顔にしたり、豊かな時間をつくったりする力があります。うちのような専門学校が担っているのは、たんに料理人やパティシエという職業人の育成だけでなく、人をたのしませ、豊かにする人材の育成だと思っています。そういう意識も忘れずに経営していきたいと思います」
黒字まで5年。借入金完済に15年。土地取得交渉に4年。
数々の困難を乗り越えながら続いてきた琉球調理製菓専門学校の歩みは、次の50年へと受け継がれていきます。
翔太さんは最後に改めて、これまで関わったすべての方への感謝の気持ちを伝え、「引き続きご指導のほど、よろしくお願いいたします」という言葉で締めくくりました。
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