
ガイドの西銘政秀さんと久高島を歩きながら、女性たちが家族や島の人々の無事を祈ってきた話を聞きました。
イシキ浜で教わったのは麦の実りや男性たちの健康を願う祈りです。
食べ物が実り、海へ出る家族が無事に帰ってくる。そうした日々を願う祈りを島の女性たちが担ってきたのだといいます。
久高島ではどんな女性たちが祈りを担い、その役割を受け継いできたのでしょうか。
姉妹が兄弟を守る「オナリ神」、島の祭祀を担うノロ、女性が神女になる儀礼「イザイホー」。ガイドさんの話を入口にそれぞれの意味をたどってみたいと思います。
現地で聞いた話に加え、写真家・比嘉康雄さんの『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』や1978年のイザイホーの記録も手がかりにしました。取材で教わったことと資料から知ったことを交えながら島を歩いて私が感じたことを綴ります。

先に知っておきたい、久高島の祈りの用語
本文に出てくるのは信仰の考え方や人の役職、家、儀礼の名前です。
まずはそれぞれが何を指すのかを簡単に紹介します。
- オナリ神:姉妹には兄弟を霊的に守る力があるとする信仰。
- 神人(カミンチュ):祈りや祭祀に関わる人たちの呼び名。
- ノロ:地域の祭祀を導く女性神職。久高島には久高ノロと外間ノロがいました。
- 聞得大君(きこえおおきみ):国王を守護し、国のために祈った琉球王府の最高位の女性神職。
- ムトゥ:血縁でつながる人々の始祖の家。ムトゥガミはその家に伝わる神を受け継ぎ、家や祖先に関わる祭祀を担う神職。
- イザイホー:島の女性が神女の一員になるために12年に一度行われていた儀礼。
大切な人の無事を願うオナリ神
久高島で聞いた女性たちの祈りには姉妹が兄弟を守るというオナリ神の信仰が関わっています。
姉妹が兄弟を守るオナリ神
オナリ神とは、姉妹には兄弟を霊的に守る力があるとする信仰です。ここでいう姉妹は姉も妹も含み、兄弟も兄と弟の両方を指します。
海へ出た家族の無事を願う。遠くにいる兄弟の身を案じる。ガイドさんから聞いた「守る」という話は大切な人への祈りとして私には伝わってきました。
なぜ女性に守護の力があると考えられたのか
女性の守護の力を考える手がかりの一つが比嘉さんのいう「母たちの神」。命を生み、育て、守る母の姿に人々が頼る神の姿を見る考え方です。
中心にあるのは母は亡くなっても家族を守ってくれるという信仰です。
生前に子どもを育て守ってくれた母に亡くなったあとも見守っていてほしいと願う。そうした母への想いが、女性の守護の力を考える一つの手がかりになるのではないでしょうか。
女性が身近な人を守るという考え方は琉球王府にも見られます。
最高位の女性神職である聞得大君(きこえおおきみ)は、国王を守護するオナリ神として位置づけられていました。王の長寿や国の繁栄、五穀豊穣、航海の安全を祈る役割を担った女性です。
家族を守る祈りがあり、国王や国を守る祈りもある。
女性に守護の力を見いだす考え方は人々の暮らしだけでなく王府の祭祀にも深く根付いていました。
イシキ浜で聞いた男性たちの無事を願う祈り
取材中に西銘さんは、麦の実がしっかり硬く育つように丸みのある硬い石に願いを重ねる祈りを教えてくれました。
それとは別に、ウプヌシガナシーでは男性たちの健康や航海の無事を願い、守り石を授かります。旧暦二月の「御願立て」で授かり、十二月の「御願結び」に浜へ返す石です。
麦の実りを願う石と男性たちの無事を願う守り石は使い方が異なります。食べ物が実ってほしい。家族が元気でいてほしい。その祈りを担ってきた女性たちがいたことが心に残っています。
麦の実りを願う石や、海の向こうへ祈る所作についてはなぜ久高島は「神の島」と呼ばれるのか|琉球王国・祈り・暮らしから読み解く久高島で紹介しています。
島の祈りを担ってきたノロと神人たち
女性に守護の力があるという信仰と祭祀の中で担う役割には違いがあります。
久高島にはノロをはじめとする神職があり、それぞれが祈りに関わる仕事を受け持ってきました。
久高ノロと外間ノロ
ノロは地域の祭祀を担う女性神職です。
久高島にはかつて久高村と外間村という二つの村があり、それぞれに久高ノロと外間ノロがいました。
「久高」「外間」はその二つの村に関わる名前で、どちらも島の祈りを導くノロの職を指します。島ではノロを「ヌル」とも呼びます。
儀礼の進行を助けるウメーギ
ウメーギはノロを補佐する女性神職で、ウッチュ神とも呼ばれます。就く人には生まれ年に関わる決まりがありました。
2002年当時の調査記録では外間のウメーギには本来卯年生まれの人が就くとされていたものの該当する人がおらず、外間ノロの娘がその役を担っていたと報告されています。
必ずノロの娘が継ぐというわけではなく担い手がいない中で本来の決まりとは異なる継承もあったのです。
1978年のイザイホー初日の夜には外間ノロのウメーギが神女たちの先頭に立って祭場へ向かい、七つ橋渡りを終える合図も出していました。ノロに付き添い儀礼を進める役を担っていたのです。
根神も島の人々のために祈る女性神職
根神(ニーガン)は村の草分けの家に結びつく女性神職です。ノロと同じく村のために祈りますが、王府の神女組織ではノロの下に位置づけられました。久高島では外間側に根神が置かれていました。
根神にも自ら祈りを担う役割があります。旧暦十月のジューマティーでは島民の健康を願い、祭祀を担う神人たちへの感謝を伝えます。ノロのそばにいるだけでなく受け持つ祈りがある神職なのです。
神女を認める儀式を担う男性神職の根人
根人(ニーチュ)はノロとともに島の祭祀に関わる男性神職です。
外間根人と久高根人の二つの役があり、家や血縁のつながりに基づいて受け継がれてきました。
ただし、担い手がいないときには代役を立てた例もあります。1978年のイザイホーでは外間根人が不在だったため久高根人が代役を務めました。
イザイホー三日目の朝に行う「朱づけ」は、根人がノロを含む神女たちの額と両頬に朱の印を押す儀式です。東京文化財研究所の映像解説ではイザイホーを無事に成し遂げたことを示す印とされています。
ここでいう「神女として認める」とは、こうした印を授けて儀礼を成し遂げたことを示すことです。新しく加わるナンチュたちは、根人から朱の印を受けたあと外間ノロからも米粉を練ったものを使う「スジ印」を授かります。神女になる儀礼には男性神職の根人と女性神職のノロの両方が関わっていたのです。
ノロが祭祀を導き、ウメーギが儀礼の進行を助け、根神や根人も決められた役を担う。女性たちの祈りはこうした役割の分担に支えられていました。

始祖の家を指すムトゥ
島の祈りは家や祖先とも深く関わっています。「ムトゥ」は血縁でつながる人々の始祖の家、元になる家のことです。
ムトゥガミは、ムトゥに伝わる神を受け継ぎ、家や祖先に関わる祭祀を取り仕切る神職です。
ノロが島全体の祭祀を導くのに対し、ムトゥガミは始祖の家につながる祈りを担います。イザイホーで女性が実家に戻り、祖母の香炉から灰を受け継ぐときにもその儀式を取り仕切っていました。
島全体の祭祀を導くノロがいて、祖先につながる家の祈りを担う人もいる。
祈りは浜や御嶽だけでなく家族が暮らす家でも受け継がれてきたのです。
ムトゥと集落の暮らしとの関わりは「島はみんなのもの」久高島の総有地|土地・集落・祈りがつながる暮らしで紹介します。
イザイホーは女性が神女の一員になる儀礼
島の祭祀を担う女性たちはどのようにその役割を引き受けたのでしょうか。
久高島で12年に一度行われていたイザイホーは、女性が神女の一員となるための大切な儀礼でした。
12年に一度の節目
イザイホーは12年に一度、午年に行われた儀礼です。参加するのは30歳から41歳までの女性たち。島で生まれ育ち、島の男性と結婚していることなどの決まりもありました。
新しく加わる女性たちは「ナンチュ」と呼ばれます。儀礼を経たあとには島の年中行事を担う日々がありました。12年に一度の大きな行事は、その先も続く祈りの役割を引き受ける節目だったのです。
亡き祖母の守護の力を受け継ぐ
イザイホー初日の朝には、新しく神女になる女性が亡くなった祖母の霊を祀る香炉から灰を受け継ぐ儀式を行います。祖母から孫娘へ守護の力を受け継ぐ大切な儀式でした。
ここで受け継ぐ「ウプティシヂ」は、亡くなった祖母が家族を守る神となったものです。
生前に孫をかわいがり守ってくれた祖母が、死後も孫娘やその家族をずっと守ってくれると考えられています。1978年のイザイホーでは女性たちは初日の早朝にイザイガーという井泉で身を清めたあと、小さな香炉や器を持って実家へ向かいました。
ムトゥガミが儀式を取り仕切り、母親などの近親者も付き添います。祖母の霊を祀る香炉の灰や線香を持参した器へ移し、自分の家に持ち帰って香炉へ移し替える。こうして祖母の守護の力が孫娘へ受け継がれると考えられていたのです。
役割を受け継ぐことが家にある香炉や祖母の祈りと結びついている。祖母が家族へ向けてきた願いを、孫娘もまた引き受けていくように私には感じられました。神女になることは家族の中でも大きな節目だったのではないでしょうか。
七つ橋を渡り、七つ屋に籠もる
イザイホー初日の夜には「七つ橋渡り」が行われます。
1978年には女性たちが掛け声を上げながら神アシャゲという祭祀の建物へ入り、橋を渡ってその内と外を繰り返し行き来しました。
その後、新しく神女になる女性たちはイザイ山の五つ屋・七つ屋へ向かい三晩のお籠もりをします。ノロや先輩の神女たちが見届けていました。
祭りの前日には村人総出で広場を整え、小屋や橋を造り、白砂を運んで敷いていたといいます。
祈る女性たちを迎えるために準備をする人や儀礼を導く人もいる。イザイホーは島の多くの人の手に支えられた行事だったことが伝わってきます。

久高島のニライカナイと自然崇拝|太陽・月・海に重ねる、暮らしの願いで紹介したクバの葉の上に座って東の海へ祈る場面も1978年のイザイホーの記録に残るものです。海の向こうへ向けられた祈りと、それを担った女性たちの姿をあわせて知ると島の祭祀をより具体的に思い描けます。
サーダカ・巫病から考える神職の受け継ぎ方
祈りを担う人について調べると、年齢や家の継承だけでは説明できない経験も出てきます。
「サーダカ」や「巫病(ふびょう)」はそうした人々の経験を理解するための言葉です。
民俗学者の森田真也さんは島で個人や家の祈願を担うウムリングワーについて調査しています。その研究では霊的な資質が高いとされる生まれを「サーダカウマレ」「シジダカウマレ」と呼ぶことや、祈りを担うまでの経験が記されています。
カミダーリやターリーと呼ばれる巫病もその中で語られる経験です。心身の不調や夢、神の声を聞くといった体験が挙げられていますが、体験した年齢や内容、続いた期間は人によって異なります。研究ではそうした経験を経て祈りを担うようになった人々の語りが紹介されています。
これは信仰の中で語られた経験です。心身の不調そのものを霊的な資質の証拠とする説明ではありません。また、島の女性がイザイホーを経て神女の一員となることと、個々の神職を担うまでに語られる経験は分けて考える必要があります。
誰かを守る祈りの後ろには祈る人自身の歩んできた時間や経験があり、「女性が守る」という言葉を女性には自然に備わった力があるという一言だけで捉えることはできないのだと思います。
イザイホーが行われていない今も続く島の祈り
イザイホーが最後に行われたのは1978年です。
新しく加わる女性が減ったことや神職の欠員などにより、その後は行われていません。
八月マティやハンザナシーなど島の年中行事は今も続いています。神々や祖先へ祈り、実りや無事を願う時間は今の暮らしの中にもあるのです。
祭祀を受け継ぐ人たちがいて、その場を守る人たちがいる。
私たちが島の浜や御嶽を訪ねられるのも、そうした人たちの営みや、伝統文化を守っていきたいという想いがあってこそだと思います。訪れるときには祭祀の日程や立ち入りの決まりを確かめ、島の祈りの時間を大切にしたいものです。
祈りを受け継ぐことはその場で一度祈ることだけではありません。儀礼の仕方を覚え、供え物や祭場を準備し、定められた日に役割を果たす。記録をたどると女性たちが引き受けてきた仕事の多さにも気づかされます。
イザイホーを経験した女性たちへの2017年の聞き取り研究では、70歳の退役で島の神行事の役割を終えても家族を守護する役割は一生続くと説明されています。祭祀を担う期間を終えたあとも家族へ向ける祈りは続いていくのです。
祈りを受け継ぎ、島の文化を守ってきた人たち
オナリ神やノロ、イザイホーを知ると、久高島の祈りは一人ひとりの暮らしとともにあったことが分かります。
姉妹が兄弟の無事を願うこと。祖母の香炉から守護の力を受け継ぐこと。神女として島の祭祀を担うこと。身近な人を案じる気持ちとともに、島の伝統を守り、次の世代へ伝える役割もあったのだと思います。
大切な人に無事でいてほしいという気持ちは私にも分かります。その願いを祈りとして受け継ぎ、祭祀や祈りの場を守ってきた歴史こそが久高島の文化なのだと感じました。
久高島が今も「神の島」と呼ばれるのは神話や聖地が残っているだけでなく、それらを大切に守ってきた人たちがいるからなのだと思います。
参考資料・取材
比嘉康雄『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』集英社新書、2000年。
森田真也「内と外の宗教的職能者―沖縄久高島のウムリングワーの機能を中心として」『比較民俗研究』8、1993年、110〜135頁。サーダカ・巫病については114頁を参照。
山本恭子「イザイホーが久高島の女性に与えたもの―2017年のインタビュー記録から」『園田学園女子大学論文集』52、2018年、21〜31頁。
新里孝和・陳睿寧・西銘政秀「沖縄・久高島イザイホーの祭祀植物」『琉球大学農学部学術報告』67、2020年。
久高島公式サイト「お知らせ」(2026年の祭祀に伴う通行規制の案内)
南城市「南城市エコミュージアム実施計画」久高地区の解説(旧久高村・外間村について)
南城市デジタルアーカイブ「歴史文化語彙一覧」(根神・根人・ノロの項)
東京文化財研究所「イザイ花をつくる」(朱づけ儀礼における根人の役割について)
久高島ガイド友の会「年中行事(神事)の簡単解説」(ジューマティーの項)
比嘉康雄「久高島に於ける『家』『ムトゥ』について」『日本文化の深層と沖縄』国際日本文化研究センター、1996年。「守護力の継承」の節を参照。
東京文化財研究所「スジ印づくり」:米粉を練ったスジについて。
齋藤ミチ子「記録されたイザイホー―画像から見た祭祀状況と聖域の変容―」、80・83〜84頁。根人の代役、外間掟神の継承について。
吉成直樹「沖縄久高島における『シマ』の内部体系と神観念」『高知大学学術研究報告』32、1983年、63頁。血縁に基づく神職の継承について。
取材:2026年9月24日、西銘政秀さんへの現地ガイド取材。久高島内での現地取材・撮影。
2026.10.20

