久高島はガイドと歩いてほしい|「神の島」で終わらせないために知ってほしいこと

ガイドと歩く、「神の島」でおわらせない

初めて久高島へ行くならできればガイドを頼んでほしい。取材を終えて一番伝えたいと思ったことです。

私も久高島が「神の島」と呼ばれることは知っていました。でも、御嶽の前に立っても普段の生活で馴染みのない私にはどんな場所なのか分かりません。ガイドさんがいなければ立て看板や観光サイトを見て「へえ〜、なんかすごそう」で終わっていたと思います。

今回案内してくれたのは、島出身の西銘政秀さん。港や浜、集落を巡りながら、王府との関係や海の向こうへ祈る話を聞きました。なぜここで祈るのか、誰が何を願ってきたのか。その説明を実際の場所で聞けたことが私には大きかったです。

現地ガイドの案内で久高島の歴史と暮らしを知る島巡り

港や御嶽で、ガイドさんの話を聞いてほしい

地図で名前を確認することはできても、その場所を島の人たちがどう大切にしてきたかまでは分かりませんでした。私がガイドさんに案内してもらってよかったと思う場所をいくつか紹介します。

国王たちが使った港

現在船が着くのは徳仁港。しかし実は国王たちが使ったのは別の港で、徳仁港の近くにある君泊(ちみんとぅまい)です。国王や王国の神女の最高位にあたる聞得大君(きこえおおきみ)が来島した際に使われました。そこから集落へ入る場所が大君口(うぷちんぐち)です。

西銘さんに教わらなければ、久高島の港といえば今の徳仁港しか思い浮かばなかったと思います。国王たちが祈りのために海を渡り、今とは別の港から島へ入っていたことも初めて知りました。

国王が島を訪れた理由や儀礼については、琉球王国はなぜ久高島を大切にしたのか|国王・聞得大君と祈りの島で詳しく紹介しています。

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御嶽の前で、何を大切にしてきた場所なのかを知る

御嶽(うたき)は神を祀り、人々が祈ってきた聖地です。
久高島のフボー御嶽は琉球をつくった神アマミキヨが創ったと伝わる御嶽の一つ。琉球王府も重んじ国王の来島に関わる儀礼の場となりました。

木々に囲まれた御嶽の前で話を聞くと、そこに神女たちが祈りを捧げてきた時間があるのだと分かります。王が長く健やかに生きること、島の人たちが無事に暮らせることを願い、その場所を守ってきた人たちがいたのです。

フボー御嶽の中には入れませんが、外からその場所を見て、島で暮らしてきた西銘さんの言葉で教わることはできました。御嶽が特別なのはただ古くからある森だからではなく、ここを聖地として祈りを受け継いできた人たちがいるからこそです。その歴史を現地で聞けたことが私には大切な経験になりました。

久高島のフボー御嶽で年間を通した立入禁止を知らせる案内

イシキ浜で祈る先と石の意味

イシキ浜は島の東海岸にある白い砂と海岸の植物が広がる浜です。ここには海の向こうから穀物の種が入った壺が流れ着き、琉球に農耕が広がったという伝承があります。

ただ海がきれいというだけでなく、島の人たちにとって食べ物の始まりを語り、実りや暮らしの無事を願ってきた場所でもありました。その祈りについてガイドさんはどこに立ち、どちらへ向かって祈るのかも説明してくれました。

目の前の石から、海の向こうへ

ガイドさんは浜の石の前で手を合わせてすり合わせる所作を見せながら祈り方を教えてくれました。話を聞くだけでなく実際の動きも見せてもらえたので祈る姿を思い浮かべることができました。

その石は祈る位置の目印で、願いを向ける先は海の向こう。久高島でニラーハラーと呼ばれる神々の世界だといいます。石そのものを神として拝むのではなく海の彼方の神々へ祈っている、という説明でした。

海の向こうのニラーハラーへ祈りを向ける久高島のイシキ浜に置かれた石

私が馴染んできた祈りには、仏像のように目に見える姿を前にして手を合わせるイメージがありました。それに対してここで見ているのは海と水平線です。その向こうに神々の世界を思い、毎日の実りや無事を願う。姿の見えない遠くへ思いを向ける祈り方が私には新鮮に感じられました。

五穀伝来の伝承が残るイシキ浜から見た海と水平線

硬い石に、麦が実る願いを重ねる

海の向こうへ願うのは麦の実がしっかり育つこと。西銘さんはその祈りに使う石を見せながら説明してくれました。集めるのはサンゴではない丸みのある硬い石です。

まだ柔らかい麦の実がその石のようにしっかり硬く育ってほしい。石の硬さに作物が実る願いを重ねるのだそうです。

丸い石を見ただけでは麦を育てる願いがあることなど想像できませんでした。食べ物がちゃんと実ってほしいという、暮らしに欠かせない思いが込められていたのです。

イシキ浜でガイドから麦の実りを願う祈りの話を聞いた丸い石
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家族の無事を願う、女性たちの祈り

穀物が実ることと同じように島で暮らすために欠かせないのが、家族が元気でいてくれることです。この浜では海へ出る男性たちの健康や航海の無事を願う祈りも行われてきました。

その神事では守り石を授かり、のちに浜へ返します。麦の実りを願う石とは異なる使い方ですが、大切な人の命を願う思いが込められていました。

こうした家族の無事を願う祈りを担ってきたのが島の女性たちです。西銘さんは「女性が男性を守る」と話してくれました。海へ出た家族が無事に戻ってきてほしい。女性たちの祈りにはそんな身近な願いがあるのだと分かります。

こうした祈りを担ってきた女性たちの役割については、久高島の女性たちが受け継いできた祈り|オナリ神・ノロ・イザイホーをたどるで紹介しています。

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集落を歩いて島の暮らしを知る

島の人たちと交わした何気ないやり取りも心に残っています。商店のおじいちゃんが「どこから来たの?」と話してくれたり、すれ違う人が「こんにちは」と声をかけてくれたりします。

「神の島」という言葉から訪れる前に少し緊張していた私にとってこうしたやり取りはうれしいものでした。文化や祈りを守ってきた島にも、買い物を行い、あいさつを交わして暮らす普通の毎日がある。話をしてくれる人たちの温かさも久高島で心に残ったことです。

先祖につながる家で家族が暮らす

集落にはムトゥという本家のような家があります。そこから分家した人たちも元の家とのつながりを持ち、子孫たちが祖先を祀る場でもあると知りました。

家族が暮らす家の中や同じ敷地に先祖へ祈る場所がある。自然に願いを向けるだけでなく代々の先祖や家族への思いも大切にしてきたのだと感じます。集落の家並みの話が島の祈りの話にもなっていました。

移住者について尋ねて土地の話を知った

集落を歩いていると、ほかの離島に比べて移住者をあまり見かけないような気がしました。西銘さんに尋ねていく中で知ったのが土地を島で共同管理する総有地の仕組みです。

家を建てたり畑を使ったりする土地も個人で買って持つ方法とは違う。島でどう暮らしているのかを知るにはこうした話も欠かせませんでした。何となく気になったことを聞けたのもガイドさんと一緒だったからです。

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自分で島を巡るなら、迷ったときは確かめて

ガイドを頼まず自分で島を巡る人もいると思います。久高島には御嶽や拝所が点在し、道沿いの木々や家々の中にも祈りの場所があります。初めてだと何処まで入ってよいのか、写真を撮ってよいのかを見た目だけで判断しにくいこともありました。

私はその場で西銘さんに教えてもらえたので、迷うたびに確かめることができました。自分で巡る場合は先に公式のルールとマップを読み現地の表示にも従ってください。判断に不安があるなら最初はガイドさんと一緒に巡ることをおすすめします。

御嶽や拝所には立ち入れない場所がある

フボー御嶽は年間を通して立入禁止で、ほかにも祭祀の時期に立ち入りが制限される場所があります。

また、祈りの場が森や海辺の風景に溶け込んでいて知らなければ通り過ぎてしまったり、境目に気づかなかったりすることもあります。

ガイドさんはここがどんな場所なのか、どこまで近づいてよいのかをその場で教えてくれました。自分で巡るときも入ってよいか分からない場所へは進まず表示を確認するか島の人に尋ねてください。

石や砂、植物を島から持ち帰らない

島の公式サイトでは石や砂、サンゴ、植物などの自然物を島の大切な財産として持ち帰らないよう求めています。海浜や森の自然をその場所に残して守るための決まりです。祈りにも関わってきた石や砂を私たちの旅の記念として持ち出すことはできません。

祭祀のための特例として久高島の砂が沖縄本島へ運ばれた歴史もあります。
琉球王国の国家的な祭事では久高島の白砂を斎場御嶽へ運び御嶽に敷き詰めました。王国で最も位の高い神女・聞得大君の就任儀礼も、その祭事の一つです。

島の砂が神事で大切に扱われてきたと知ると、「持ち帰らない」という決まりも自然だけでなく文化を守ることとして受け止められます。

撮る前に確認する

島には撮影できない場所があります。祈りに関わる家が今も人の暮らす民家であることもあります。
見た目に魅力的だからとカメラを向ける前に、そこで生活し、その場所を守ってきた人たちがいることを考えて行動してください。

ガイド風景も自由に撮ってよいものとして扱わず、撮影は原則控えて事前に確認してください。

島は写真や映像を撮るためだけの場所ではありません。人や祭祀、住宅の周辺などは撮ってよいか分からないまま撮影せずガイドさんやその場所の方に確かめてください。

そこで暮らす人を気にかける

人に会ったらあいさつをし、住宅や畑へ無断で入りません。集落を水着や上半身裸で歩かず、自転車も速度を落として通ります。島の公式サイトが案内する暮らしの場を訪ねるための決まりです。

泳ぐための浜ではない

海水浴ができるのはメーギ浜だけです。イシキ浜を含むほかの浜は、島の人たちが信仰の対象として大切にしてきた場所なので泳げません。美しい海を見て泳ぎたくなっても祈りの場であることを忘れずに訪ねてください。

メーギ浜にも監視員やクラゲ防止ネットはありません。泳ぐ場合は安全にも十分気をつけてください。

遊泳禁止のハビャーン浜

訪問前に読む:久高島公式サイト「島のルール」

自分で巡るなら電動アシスト自転車がおすすめ

自分で島を巡るなら電動アシスト自転車をおすすめします。今回の取材では西銘さんに車で案内してもらったあと、電動ではない自転車を借りて自分でも巡りました。

普段あまり運動をしない私には正直体力ぎりぎりでした。借りた自転車が古めでギアがうまく利かなかったこともありますが、それでも実際に走ってみると小さな島だからといって楽に回れるわけではないと分かりました。

久高島でレンタルした自転車

砂利道や坂道も考えて選ぶ

北端のハビャーンまで行くとなると距離があり、舗装されていない道や砂利道、緩やかな坂もあります。一つひとつは小さな坂でも自転車で走ると体力を使いました。島を広く巡りたい人には電動のほうが移動の負担を減らせると思います。船待合所などの貸自転車は島の公式サイトで案内されています。

自動車などを借りて自分で運転する場合は集落の道の狭さにも気をつけてください。地元の人たちが歩き、観光客も自転車で通ります。木々で見通しが悪い場所もあるため周囲をよく確認しながら進む必要があります。車の運転に慣れていないと大変そうだと感じました。

自転車でも速度を落とし走りにくい場所は無理せず押して歩いてください。

久高島の自転車レンタル屋さん

ガイドを申し込むときは、移動方法も確認する

ガイドツアーに参加する場合は申し込みの際に移動方法も確認してください。私のように車で案内してもらえることもあります。体力や歩く距離に不安があれば希望のコースでどのように移動するのか、歩く区間や所要時間を含めて相談しておくと安心です。

久高島のガイドはどこで申し込める?

久高島公式サイトでは久高区長認定の島人ガイドによるツアーを紹介しています。
コースの所要時間は1〜3時間が目安です。知りたいテーマや滞在時間に合わせて選べます。

希望のコース・出発時刻・人数を伝える

久高島ガイド友の会の案内には、集落の拝殿を巡るコース、アマミキヨの伝承をたどるコース、国王の来島に関わる場所を巡るコースなどが載っています。料金と案内内容を確認し、コース名、希望の出発時刻、参加人数を各ガイドへ伝えて申し込みます。

申し込みはメールまたは電話で受け付けています。
午前中は案内中で電話に出られないことが多いためメールでの連絡を勧めています。連絡先の電話番号も添えてください。

予約はガイド本人から直接の返答があって成立します。申し込みを送ったあとに予約できたかどうかと集合場所を確かめておくと安心です。複数のグループが一緒に参加する方式であることも案内されています。

コース・料金・申込先:久高島ガイド友の会「ガイド内容と申し込み方法」

船の時刻と、島で過ごす時間を合わせて考える

船のロープをかけようとする船員

久高島へは南城市の安座真港から船で渡ります。

乗る船と帰りの便を決め、ガイドの集合時刻や所要時間に無理がないか確認しましょう。運航状況やダイヤの変更は島のアクセス案内から久高海運の最新情報を確認できます。

食事や自分で散策する時間も取りたいなら、その分を含めて相談しておくと過ごしやすいと思います。歩く場所や移動方法、服装・持ち物も、予約時に確認しておきたいことです。

船の案内:久高島公式サイト「アクセス&マップ」

「神の島」と呼ばれる理由を、一つでも知って帰ってほしい

「神の島」という言葉に惹かれて久高島へ行くことも良いと思います。私もその言葉に惹かれて取材へ向かいました。でも今は、そう呼ばれるようになった背景にもっと多くの人に目を向けてほしいと思っています。

立て看板やウェブサイトにも、島の歴史や場所の説明は載っています。
それでも私がガイドさんと巡ってよかったと思うのは、ここに暮らしてきた人の想いや歴史をガイドさん自身の言葉で聞けたからです。西銘さんの説明や集落で交わした何気ない会話には、文字を読むだけでは受け取れなかった温かさがありました。

説明しながら歩く久高島ガイド

麦が実ってほしい、海へ出る家族が無事に帰ってきてほしい。
そうした願いを重ね、先祖を祀り、島の文化や祈りをずっと守ってきた人たちがいる。私にはその歴史こそが尊いものに感じられます。

初めて久高島へ行くなら、ぜひガイドさんと巡ってみてください。
美しい海や森を目の前にしながら、そこで暮らす人の話を聞いてほしいです。「神の島」と呼ばれる所以を、島の人たちが守ってきた暮らしや祈りとともに知って帰ってもらえたらと思います。

船から見た久高島徳仁港
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取材・参考文献・参考資料

現地取材:2026年9月24日/ガイド:西銘政秀さん

比嘉康雄『日本人の魂の原郷 沖縄久高島』集英社新書、2000年。島の祭祀・暮らしを理解するための参考文献。

この記事を書いた人

まーくん / 沖縄ナビ®編集部
まーくん / 沖縄ナビ®編集部 / プロカメラマン
カメラマン歴14年。生まれ育った沖縄で、歴史的建造物や伝統行事、街並みを撮影し続けてきました。

カメラを持って県内を巡る中で出会った景色や文化は、観光ガイドだけでは伝わらない沖縄の魅力ばかり。写真だからこそ伝えられる空気感を大切にしています。

歴史スポットや伝統文化、地域行事を中心に、「こんな沖縄もあるんだ」と感じてもらえる情報を発信しています。

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